ムシ歯は他の人から伝染る?
ムシ歯は母から子へ「うつる」ものなのか?
口の中には、ムシ歯をつくる数種類の細菌、歯周病をつくる数種類の細菌、その他粘膜病変をおこす細菌などの、ヒトにとって悪い細菌と、ヒトに都合が良い役目をもつ、良い細菌と、なにもしない普通の細菌がいて、中には普段はおとなしいが細菌群の組成が変化してそれまで強かった細菌が弱った時だけ、ヒトに害を及ぼす日和見的な細菌もいます。それぞれが縄張りをもって、大体同じような状態でバランスを保っているので、これを「菌叢」といいます。野原に、クローバー、タンポポ、ススキ、などが群生しているようなものです。中には、一度バランスを保った状態だったのに、セイタカアワダチソウのように後から割り込んで集落を作る細菌もいます。同じ名前のついた細菌でも、色々なタイプがいますので、一口にミュータンスが強いとか乳酸菌が強いとかいうものではありません。ヒトの身体に住んでいる細菌で、良く知られているのは、腸内細菌です。これにもたくさんの種類があります。乳酸菌飲料やヨーグルトに同じ種類の細菌が活躍しています。乳児の腸内にも細菌がいて、飲んだ母乳を栄養にするために大切な役割をもっています。この時期の腸内細菌はどこから来たのでしょう?これは生まれてすぐ、お母さんからもらったものなのです。お父さんのをあげようとか、他から仕入れてくることはできません。また、お母さんのを渡さないでおこうと思ってもそれはほぼ無理な話です。
さて、口の細菌はどうでしょう?これも、お母さんからもらうものなのです。先ほど述べたように、良い細菌も普通のも悪いのもです。ただ、口の細菌の組成つまり菌叢には、ある時期にひとつの節目があります。それは、歯の萌出です。実はミュータンス菌というのは、硬いところにしか住めない細菌なので、歯が萌えるまでは口の中に定着できません。そして、歯が萌えるとちゃっかり口の中に定着してしまい、その後ほとんど違うタイプに入れ替わることがありません。近年、細菌のDNAを調べる手法で口の細菌のタイプを調べられるようになり、ミュータンス菌のタイプが母と子でほぼ一致することが確認されました。「垂直感染」とか「母子感染」とかいった言葉で新聞に紹介されたこともあって、驚きやとまどい、過剰反応など問題が出たことも否定できません。では、お母さんにムシ歯が多いので子どもには他の人の細菌を植え付けたい、とか、一生、口の中を無菌状態でいさせたい、とかいう希望は叶えられるのでしょうか?残念ながら、それは今のところ無理です。将来、ワクチンが開発されたら、また方法があるかもしれません。それでは、どっちみちお母さんの細菌をあげることになるのでしたら、どうすれば子どものムシ歯リスクを減らすことができるでしょうか。これには2つのことに気をつけることが有効です。1つは、お母さんの口の中の状態を、良い状態にしておくことです。2つ目は、子どもの口の中にミュータンス菌が他の細菌より定着しにくいようにすることです。この2つで、ミュータンス菌を他の細菌との「イス取りゲーム」で敗北させることをねらうのです。
1つ目の、お母さんの口を良い状態にするということは、お母さんの口の菌叢を良い組成にしておくという意味です。このためには、妊娠がわかったら、早速、口の清掃と食生活に気をつけて、出産への備えとしてください。つわりのひどい時期は逆に口の状態が悪いほうへ変化しやすいので、つわりが楽になったら歯科を受診して下さい。歯肉の炎症を治す治療と放置されたムシ歯の処置をしてもらいましょう。口の中が良い状態になったかどうかを判定できるいくつかの検査がありますから、それを参考にしてください。状態が悪く、改善が思わしくない場合は、3DSという新しい手法があります。3DSはデンタル・ドラッグ・デリバリー・システムの略称です。歯の表面にしか住めないミュータンス菌を選択的に「除菌」する方法です。出産前後のお母さんはとても忙しいですが、遅くとも、赤ちゃんに歯が萌え始めるまでに行うことをおすすめします。痛みや薬の服用はありませんので妊娠中でも問題ありませんが、トレーを口の中に数分入れますので、つわりのひどい期間でないほうが良いでしょう。これはいつでもお問い合わせください。
2つ目の、子どもへの定着を防ぐには、まずミュータンス菌が自分を歯に粘着させ、増殖するために利用する、「砂糖」が口へ入らないように、食生活に気をつけることと、歯の表面からミュータンスの巣を歯ブラシで除去することです。近頃は、哺乳ビンにジュースやスポーツドリンクを入れて歯がボロボロになった子どもを見かけることは少なくなりましたが、飲み物、食べ物ともに、なるべく天然のもの、うす味を基本に考えて下さい。また、離乳食は、赤ちゃんの口の機能発達を考慮した組み立てが大切ですから、また私たちに相談して下さい。
お母さんは、妊娠、出産となると、自分のことはそっちのけで、赤ちゃんのことがすべて、となるようですが、わが子のために自分の口の健康を考え、愛情とスキンシップたっぷりに、わが子に自分の口の良い状態を渡してあげてください。
- 2017/03/17 ムシ歯・歯周病予防